泉岳寺・2020年4月25日

泉岳寺

 

慶長17年(1612年)に徳川家康が外桜田の地に門庵宗関を招いて創建した寺院。寛永18年(1641年)寛永の大火で焼失したが、徳川家光の命で、毛利・浅野・朽木・丹羽・水谷の5大名により、現在の高輪の地で再建された。 赤穂事件で有名な浅野長矩赤穂浪士が葬られていることで知られ、現在も多くの参拝客が訪れる。f:id:Ryugnan:20200425150708j:plain

f:id:Ryugnan:20200425150735j:plain

 

中門                                      元来、泉岳寺には三門と言って三つの門(総門・中門・山門)があったが、現在は中門と山門のみが残っている。現在の中門は天保7年(1836年)に35世大龐梅庭和尚代に再建されたもので、昭和7年に大修理を施されている。「萬松山」の額は、中国明時代の禅僧・為霖動霈による書。 f:id:Ryugnan:20200425143752j:plain

f:id:Ryugnan:20200425143809j:plain

 

大石内蔵助良雄銅像                               この銅像は、浪曲の宗家・桃中軒雲右衛門の発願により鋳造されたもので、所有が転々としていたが、泉岳寺に寄進され、大正10年12月14日に除幕したもの。内蔵助が当時の風俗である元禄羽織を身につけ、連判状を手にして東の空(江戸方向)をじっとにらんでいる姿を表したもの。 f:id:Ryugnan:20200425143942j:plain

f:id:Ryugnan:20200425144013j:plain

 

山門                                      この門は天保3年(1832年)に34世大道貞鈞和尚代に再建されたもの。二階部分には十六羅漢が安置され、一階部分の天井には「江戸三龍」のひとつ、銅彫大蟠龍がはめ込まれているす。「泉岳寺」の額は、晋唐の墨跡研究者であった大野約庵による書。f:id:Ryugnan:20200425143844j:plain

f:id:Ryugnan:20200425143921j:plain

 

本堂                                      旧本堂は第二次世界大戦で空襲にあい消失。現本堂は昭和28年12月14日に落成した鎌倉様式の建築。ご本尊は釈迦如来、他に曹洞宗の宗祖である道元禅師・瑩山禅師、また大石内蔵助の守り本尊である摩利支天(秘仏)などが納められている。 f:id:Ryugnan:20200425144036j:plain

f:id:Ryugnan:20200425144736j:plain

f:id:Ryugnan:20200425144234j:plain

f:id:Ryugnan:20200425144612j:plain

f:id:Ryugnan:20200425144554j:plain

f:id:Ryugnan:20200425144146j:plain

 

澤木興道老師像                                 仏法の究極である坐禅をもって生涯を貫いた20世紀にもっとも活躍した禅僧の一人。f:id:Ryugnan:20200425144650j:plain

f:id:Ryugnan:20200425144711j:plain

 

梵鐘・鐘楼堂                                  大正2年・41世普天霊明和尚代に作られた鐘で、朝の坐禅の時と夕方の閉門の時に撞いている。江戸から明治まで使われていた梵鐘は、現在ウィーンの国立民族博物館に所蔵されている。 f:id:Ryugnan:20200425145548j:plain

f:id:Ryugnan:20200425145612j:plain

f:id:Ryugnan:20200425145650j:plain

 

主税梅                                     大石主税切腹した松平隠岐守三田屋敷に植えられていた梅。            

f:id:Ryugnan:20200425145442j:plain

f:id:Ryugnan:20200425145503j:plain

 

瑤池梅                                     義士の墓守をした堀部妙海法尼が瑤泉院から賜った鉢植えの梅を移植したもの。  

f:id:Ryugnan:20200425144814j:plain

f:id:Ryugnan:20200425145255j:plain

 

血染めの梅、血染めの石                             浅野内匠頭が田村右京大夫邸の庭先で切腹した際に、その血がかかったと伝えられている梅と石。 f:id:Ryugnan:20200425145336j:plain

f:id:Ryugnan:20200425145357j:plain

 

首洗い井戸                                   首洗い井戸 写真義士が本懐成就後、吉良上野介の首級をこの井戸水で洗い、主君の墓前に供え報告したところから「首洗い井戸」と呼ばれている。f:id:Ryugnan:20200425145722j:plain

f:id:Ryugnan:20200425145747j:plain

f:id:Ryugnan:20200425145808j:plain

 

義士墓入口の門                                 この門は浅野家の鉄砲州上屋敷の裏門で、明治時代に移築したもの。 f:id:Ryugnan:20200425144755j:plain

f:id:Ryugnan:20200425145828j:plain

 

赤穂義士墓地                                   赤穂義士は元禄16年(1703年)2月4日に切腹した後、直ちにこの地に埋葬されまた。f:id:Ryugnan:20200425145854j:plain

f:id:Ryugnan:20200425150451j:plain

f:id:Ryugnan:20200425150644j:plain

f:id:Ryugnan:20200425150343j:plain

f:id:Ryugnan:20200425150316j:plain

 

浅野内匠頭のお墓f:id:Ryugnan:20200425145921j:plain

 

奥方のお墓f:id:Ryugnan:20200425145944j:plain

 

大石内蔵助のお墓f:id:Ryugnan:20200425150514j:plain

 

大石主税のお墓f:id:Ryugnan:20200425150551j:plain

 

堀部安兵衛のお墓f:id:Ryugnan:20200425150622j:plain

 

品川駅まで歩いて戻る。高輪ゲートウェイの前。f:id:Ryugnan:20200425150758j:plain

 

品川方面のビル群。f:id:Ryugnan:20200425150820j:plain