元興寺 (世界遺産)

元興寺

 

 元興寺の歴史は、前身である法興寺からはじまる。法興寺は、蘇我馬子が飛鳥に建立した寺で、日本で最も古い本格的な寺院だが、710年(和銅3年)の平城京遷都と共に移転し、その名を元興寺と変更した。

 奈良時代には隆盛をきわめ、三論宗法相宗の道場として、東大寺興福寺に匹敵する規模の寺となった。智光が描かせたという「智光曼荼羅」が極楽堂に祀られ、平安時代には広く信仰の対象となったため、多くの人々が訪れるようになった。 ところが、10世紀に入ると、律令制度の崩壊などの要因が重なって、衰退の一途をたどることになった。

 1451年(宝徳3年)の土一揆で伽藍の一部が焼失すると、元興寺は3つに分裂した。智光曼荼羅がある極楽院、五重塔などがある元興寺観音堂、そして小塔院。

 明治時代にはいっそう荒廃し、ひどい有様だった。しかし、1943年(昭和18年)に、辻村泰圓が極楽院の住職となると、改修と整備が開始され、ようやく本来の姿を取り戻した。

 

 本堂(極楽堂)(国宝)

 本堂は極楽堂とも呼ばれ、現在のものは鎌倉時代に建てられた。奈良時代には智光の禅室でもあった。智光曼荼羅が祀られているため、曼荼羅堂とも呼ばれる。本尊は、曼荼羅の中の阿弥陀如来。 禅室も鎌倉時代のもので、昔の僧房の遺構でもある。本堂と禅室の瓦の一部は、飛鳥時代の古式瓦を伝えている。 一時は、その荒れ果てように「お化けが出る」とも言われたそうだが、今では立派な姿を取り戻している。f:id:Ryugnan:20191005150650j:plain

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