磐井神社@大森海岸・2020年5月6日

磐井神社

社格は旧郷社。「武蔵国八幡総社」とされる。なお、社殿の左、池の中に弁天島があり、「東海七福神」のうちの弁財天(笠島弁天社)が祀られている。f:id:Ryugnan:20200506155846j:plain

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創建年代等については不詳であるが、敏達天皇の代に創建されたと伝えられる。『日本三代実録』によれば貞観元年(859年)に「武蔵国従五位磐井神社官社に列す」とあり、武蔵国八幡宮の総社(総社八幡宮)に定めたといわれ、平安時代には『延喜式』にも記載されている。江戸時代には、将軍家の帰依を得、「鈴ヶ森八幡(宮)」とも称された。なお、鈴ヶ森という地名はこの神社に伝わる「鈴石」(鈴のような音色のする石)によるものとされる。f:id:Ryugnan:20200506155433j:plain

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社殿は昭和29年(1954年)に再建された。拝殿。f:id:Ryugnan:20200506155457j:plain

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本殿。f:id:Ryugnan:20200506155246j:plain

 

笠島弁天社(東海七福神)。f:id:Ryugnan:20200506155824j:plain

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海豊稲荷神社。f:id:Ryugnan:20200506155621j:plain

 

楽殿f:id:Ryugnan:20200506155558j:plain

 

東海七福神

品川は平安朝の時代よりその地名があり、鎌倉、室町時代には江戸湾の重要な港として栄えてきた。太田道灌も品川に居た時代があった。徳川氏が江戸に入り、慶長6年(1601年)に東海道五十三次を定め、品川は第一の宿駅となった。沿道には由緒ある社寺が多く古くから七福神が祀られ、「七難即七福即生」の故事により参拝も多く、昭和7年(1932年)に品川が大東京に編入された記念として、東海七福神初詣を定め、今に至っている。