高幡不動尊(金剛寺)・2020年9月14日

高幡不動尊金剛寺

 

日野市高幡にある真言宗智山派別格本山の寺院。高幡不動尊の通称で知られる。本尊は大日如来高幡山明王院金剛寺と号する。f:id:Ryugnan:20200914215606j:plain

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草創は古文書によれば大宝年間(701 – 704)以前とも、奈良時代行基菩薩の開基とも伝えられるが、寺伝によれば平安時代初期に円仁(慈覚大師)が清和天皇の勅願により東関鎮護の霊場を高幡山山上に開いたのが始まりとされる。江戸時代、真言宗関東十一檀林の談義所として、多くの学僧を輩出している。f:id:Ryugnan:20200914215657j:plain

 

以来、「高幡のお不動さん」と呼ばれ人々の信仰を集めており、毎月28日の縁日には多くの参詣者で賑わう。成田山新勝寺などとともに、関東三大不動の一とされる。なお、関東三大不動の他の1つは不動ヶ岡不動(總願寺)、大山不動(大山寺)あるいは高山不動(常楽院)とされている。f:id:Ryugnan:20200914215638j:plain

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仁王門

当初楼門として計画されたが、途中で計画変更され上層の主要部を覆うような形で屋根がかけられ近年まで外観は単層だった。昭和34年(1959年)解体復原修理の際、楼門として復原され屋根も銅板葺きに変えられた。仁王尊は室町時代の作、楼上の扁額「高幡山」は江戸時代初期の運敞僧正「号泊如」の筆。重要文化財室町時代)。

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不動堂

康永元年(1342年)、山中より移建。 不動堂は清和天皇に勅願によって、慈覚大師(円仁)が東関鎮護の霊場として山中に建立したが、建武2年(1335年)8月4日夜の暴風雨により倒壊したため、当山中興第1世儀海上人が現在のところに移建した堂で東京都最古の文化財建造物。重要文化財室町時代)。f:id:Ryugnan:20200914215913j:plain

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奥殿

千年ぶりの修復を終えた丈六不動三尊像を中心にたくさんの文化財を収蔵・展示する為の御堂で1階が展示室、2階が収蔵庫になっている。

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上杉憲顕の墳

上杉憲顕は氏憲の子、享徳4年正月(1455年)、足利成氏の軍と立川河原に会戦、深手を負い高幡寺に入り自刃した。自然石はその墓標で、俗間信仰に茶湯石(服石)と言い、百か日忌払い供養の伝承がある。f:id:Ryugnan:20200914220348j:plain

 

山門f:id:Ryugnan:20200914220409j:plain

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五部権現社f:id:Ryugnan:20200914220531j:plain

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大日堂

高幡山の総本堂。 江戸時代安永八年の大火で焼失し、長く仮本堂のままだったが昭和57年から5年の歳月をかけて根本改修工事が行われた。新堂は鎌倉時代様式で入母屋造り、本瓦葺・内陣総漆仕上で材は尾州檜が使われている。又、大玄関は桃山時代様式す。有名な鳴り龍天井や優れた彫刻群、幽玄な内陣荘厳等の鑑賞ができる。

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聖天堂

安永8年(1779年)の大火以来、230年ぶりに再建された。f:id:Ryugnan:20200914220837j:plain

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大師堂

安永8年(1779年)の大火以来、230年ぶりに再建された。f:id:Ryugnan:20200914220936j:plain

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虚空蔵院

虚空蔵菩薩は無限の知恵と慈悲をもった菩薩で、13歳の子供が厄除けと開運をお祈りする十三参りの仏様として尊崇されている。f:id:Ryugnan:20200914221128j:plain

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稲荷社f:id:Ryugnan:20200914221058j:plain

 

五重塔

満5年の歳月をかけて竣工した五重塔は、塔高39.8m、総高45m、和様、三手先出組、青銅瓦葺、平安初期の様式を模した美しい塔である。f:id:Ryugnan:20200914220022j:plain

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弁天堂

弁天池の島に建つ朱塗りの小堂で、福徳弁財天を祀っている。f:id:Ryugnan:20200914221506j:plain

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土方歳三の像

新選組副長として活躍した土方歳三菩提寺である縁から境内には土方歳三銅像や殉節両雄の碑がある。 歳三の墓のある愛宕山石田寺は末寺のひとつである。f:id:Ryugnan:20200914221326j:plain

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