桜天神社@錦・2022年9月13日

桜天神社

名古屋市中区錦二丁目に鎮座する神社(天満宮)。織田信秀北野天満宮から菅原道真の木像を勧請して、那古野城に設けた祠に奉ったのが始まりとされる。現在地へ移された1537年(天文7年)を創建としている。当時この場所は萬松寺の境内であり、その鎮守として置かれたが、1610年(慶長15年)の名古屋城築城にあたって萬松寺が大須に移った後も、社はそのまま残された。この地は桜の名所で多くの桜の大樹があったことから、「櫻天満宮」「桜天神」と呼ばれるようになった。名古屋城築上の際には加藤清正がこの地に本陣を構えて指揮を取り、また茶会をたびたび催したことが伝えられている。桜の大樹は1660年(万治3年)の万治の大火で焼失したが、桜天神の名前は残り、やがて現在の桜通の由来となった。

 

明治維新に伴う神仏分離の折に菅原神社と名を改め、終戦後の1948年(昭和23年)に宗教法人天神社となった。1995年(平成7年)、住宅・都市整備公団の再開発事業に伴い一部の建て替えが行なわれ、現在ではビル街の中にこぢんまりと存在するが、名古屋三天神の一つに数えられることから多くの受験生が訪れる。  

 

拝殿

 

楽殿

 

時分鐘
1661年(寛文元年)、尾張藩2代藩主徳川光友の命で鐘楼を造り、城下に時を告げるため昼夜12時に鐘を鳴らした。最初の鐘は1763年(宝暦13年)の火災で焼失、翌年に造り直されたが、1873年明治6年)に廃止された。2013年(平成25年)現在、桜天神社の敷地内にはレプリカの鐘が建てられている。

 

願の水の牛

 

撫で牛